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アスリートライフスタイル

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水泳 木村敬一選手インタビュー

自分を支えてくれている人たちを大切に、目標へと向かうこと。そして、「昨日の自分を超えていこう」という想いが、新たな変化を生み、未来へとつながっていく。
木村敬一

“北京、ロンドン、リオとパラリンピックに3大会連続で出場し、様々な種目で数多くのメダルを獲得している木村敬一選手。1歳半の時に視力を失い、10歳の時家族のすすめで水泳を始めました。悲願の金メダルを手にするため、今も努力を重ねている木村選手が、強くなるために挑戦したこと、アスリートライフスタイルを築くうえで大切にしていることを語ります。

金メダル獲得を目標に、“本当のアスリート”になったリオ大会までの4年間

―金メダル獲得という目標を掲げたロンドンパラリンピックからリオパラリンピックまでの間で、一番変化したことはどんなことですか?

木村オリンピックに出る選手というのは、幼い頃から色々な地域大会から始まって、何千何万という敵を倒してやっと立てる舞台ですが、僕たちは何万人も敵がいないので、“選手じゃない”のにメダリストになってしまうことが往々にして起きます。でも、金メダリストになるにはアスリートにならなければいけないのだと思います。だから、自然とようやくその瞬間にアスリートになって、水泳選手みたいな生活や練習や食事をするようになったのが、ロンドンからリオまでの4年間でした。

目指したのは、もっと強い自分。気持ちの面から新たな刺激を得るために、起こした変化。

―リオパラリンピックでは、銀メダルと銅メダルを二つずつ獲得しました。さらに上を目指すために、挑戦したことはありますか?

木村リオ大会までの4年間でものすごくやったつもりだったので、これ以上のことをするというのはすごく大変だなと思いました。ただ泳ぐだけならいくらでもできるのですが、やはり今までの自分を超えていかなくてはいけないわけですから、そのためには同じ100メートルの練習をするにしても、どれだけ高い出力でどれだけ緊張感を持ってやれるかというのが大事になってくるので、それを今まで以上の緊張感の中でやっていくという自信がありませんでした。では、「どうすればいいかな?」と思ったときに、練習の量や質だけでなくても、気持ちの方から新しい刺激を入れるということをひとつの方法として思いつきました。それをするためには思い切って生活環境を変えようと思い、海外(アメリカ)で練習することを決めました。

万人に当てはまる方法なんて無い。自分なりの軸を育てていくことが大切。

―アメリカでの生活を通して、どんなことを感じましたか?

木村今こうして1人で海外で練習をして、自分で自分をコントロールする、自分で自分のことを考えるというときに、(これまで練習を)やらされてきた日々というのは絶対にモノになっていると思います。それがあるからこそ、新しい発想にもたどりつけますし、違う指導者から受けた助言なども、万人に当てはまるものなんて無いと思いますが、自分なりに咀しゃくしてできるようにもなっていると思います。もっと言えば、アメリカに行って何も考えずに、ただその土地のことだけをやっていたら、多分体調を崩したり怪我をしたりすることは多いと思うのですが、自分なりのトレーニング感や軸というものが、ロンドン大会からリオ大会までのアスリートにしてもらった4年間で育っているからこそ、今それなりにやれているのかなと思います。

今、自分の周りにいて、支えてくれる人たちを大切にできればいい。

―周囲の人たちを大切にしたい、と思ったきっかけはありますか?

木村「障害を持っている中で1人でやっていくことには、もちろん限界がある。そこは色々な人が支えてくれているのだと思うから、その都度、自分の周りにいてくれる人に感謝できればそれでいいと思っている」ということを親が言ってくれたときに、何かすごく救われたような気がして。「それでいいんだな」と思いました。まずは自分が練習していく、自分が生きていく中ですぐ近くにいてくれる人、その都度近くにいてくれる人というのは変わっていきますが、その瞬間その瞬間に、近くにいてくれる人を大事にしないといけないと思うようになりました。

困難を嘆くよりも、どうすれば良くなるかを考えて周りの大切な人たちに相談すれば、未来はきっと良い方向に向かっていく。

―未来のアスリートたちに伝えたいメッセージはありますか?

木村メッセージを伝えられるとしたら、まずは周りの人を大事にしてほしいということです。あとは、苦しいことなどは選手をやっていればいくらでもあると思いますが、それをどれだけ受け入れて、今自分ができることは何だろうなということを考えると、その状況を抜け出せることもありますし、もっともっと良い方向に向かっていくこともあるはずなので、「今何でこんなふうになっているのだろう」と嘆くよりも、「どうすれば良いんだろうな」ということを考えるとか、あとは周りの人を大事にしてほしいということにも繋がりますが、そういうことを周りにどんどん相談していってほしいですし、そういう“相談できる人”というのを日頃から大事にしてほしいなと思います。

木村敬一

木村 敬一 選手

1990年9月11日生まれ。滋賀県栗東市出身。東京ガス所属。
1歳半頃に視力を失い、10歳の時家族のすすめで水泳を始める。小学校卒業後に筑波大学附属視覚特別支援学校に入学。水泳部に入部し競技に打ち込む。2008年には北京パラリンピックに出場。自己ベストを更新した。日本大学在学中には’12ロンドンパラリンピックに出場し、100m平泳ぎで銀メダル、100mバタフライで銅メダルを獲得。金メダル獲得を目指し、厳しいトレーニングを積んで臨んだ’16リオデジャネイロパラリンピックでは、50m自由形と100mバタフライで銀メダル、100m平泳ぎと100m自由形で銅メダルを手にした。その後は東京パラリンピックを見据えてアメリカを拠点に練習を行っている。ニックネームはキム。趣味は将棋。

始めよう!アスリートライフスタイル!

“今までの自分を超えなければいけない”そう思った木村選手がまず行ったこと、それは「アスリートライフスタイルの再構築」でした。全ての面から自分を見つめなおし、どうすれば高い緊張感と出力で練習ができるのかを考えたのです。練習方法や食事などについて、周囲から様々な助言や情報があるでしょう。それらの中から、自身に最適だと思うものを最後に取捨選択するのはアスリート自身です。木村選手のように、あふれる情報を自分なりに理解し、判断軸を養っていくことも重要です。

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