アスリートライフスタイル

スペシャルインタビュー▼ 動画の内容をインタビュー記事でさらに詳しく!

陸上[パラリンピック] 山本篤選手インタビュー

自分を知り、常に考え続けることで見えてくる必要な選択。それらを支える、科学的根拠に基づいたトレーニングが自分を強くする
山本篤

34歳となった今でも記録を伸ばし続け、リオデジャネイロパラリンピックでは、走り幅跳びで銀メダルを獲得した陸上競技・山本篤選手。世界トップのジャンパーへと駆け上って行った彼のパフォーマンス向上の根底にあるものとは?山本篤選手が築いてきたアスリートライフスタイルに迫ります。

「妥協」克服のために「仲間」のいる陸上部に所属。
「もう一歩の頑張り」を引き出す力に。

―陸上競技を始めたきっかけは何だったのでしょうか?

山本もともと義足になって(最初に)スノーボードを始めたのですが、夏にできるスポーツはないかと思っていた頃に、(高校卒業後に進学した義肢装具士の専門学校で)陸上用の義足と出合ったんです。それを見た時に「かっこいいな。自分もこれを履けば、かっこよく走れるようになるのかな」と思えたので、(競技というよりも)「スポーツ」として楽しむ一つとしてやり始めました。

―専門学校卒業後、大阪体育大学に進学し、陸上部に所属しました。その理由は何だったのでしょうか?

山本陸上競技をもともと(専門的に)やってきていなかったので、「なんでこの練習をしなければいけないのか」ということを知るために、体育系の大学に行けば知れるのではないかと思って、進学を決めました。
以前(専門学校時代)は一人でずっと練習していたのですが、やっぱり一人でやると、僕の心はあまり強くないので、妥協してしまうんですよね。そうすると、どうしてもいい練習だったり、競技力が高くなるような練習がなかなかできなくて、しんどくなってきたら「このへんでいいか」と思ってしまっていた部分があったので、一緒に練習する仲間というのは必要だと思い、大学に入ってそういう環境を求めました。
家族は本当にいつでも応援してくれる存在で支えになっていますが、陸上の仲間は、自分があと一歩頑張らなければいけないところを頑張らせてくれる助けになっていますね。

義足との出合いで開かれた道。恩師との出合いで学んだデータの重要性。
重なる出合いが科学的根拠に基づくミスのない選択を可能に。

―高校生の時に事故に遇い、初めて知った「義足」の存在は、どんなものとして映ったのでしょうか?

山本義足は、僕にとっては必要なもので、なくてはならないものだと思いましたね。義足があったからこそ、次の進学も決めたのだと思います。自分が高校生の時は学校の先生か何かになれればいいかなと思っていたのですが、義足になったことで、自分がやりたいことは違うなと。本当に義足になったおかげで、いろんな意味で、良い方向に変われたのかな、と思います。

―大学進学後には、大阪体育大学の伊藤章先生との出会いによって、「スポーツバイオメカニクス」の研究に取り組まれました。

山本たまたま(大学で出会った)伊藤先生が「(スポーツ)バイオメカニクス」の有名な先生で、たまたま短距離のコーチだったんです。また、たまたま同じ静岡県出身ということで、すごく僕自身は親しみを感じて、「この先生についていけば、自分が強くなれるんじゃないか」と。最初は(自分で)研究するとは思ってもいなかったんですけど、伊藤先生が「オマエのデータは、録っておくべきだ」と、大学1年生の時から研究データを録ってくれて。それ(研究データ)があったからこそ、今があるのかなと思います。

限られた競技生活を大切に。
なんとなく取り組むのではなく、科学的根拠をベースに「その先」を考えることが大事。

―実際、どのようにパフォーマンス向上につながりましたか?

山本「それくらいわかっているよ」ということも、しっかりと数字として出てきて、なんでそれ(結果)が出てきているのか、ということがわかった、ということが大きかったですね。(それによって)トレーニングとしてどういう方向にもっていくべきなのか。義足を鍛えるべきなのか、健足を鍛えるべきなのか、どちらに重点を置いてやるのかという(ことを考えられた)のが、一つはパフォーマンス(向上)につながったことなのかなと。データを見て、観察して、考えることで、方向性をどういうふうに決めていくのかというのを、科学的なデータで導き出しました。
難しいのは、「バイオメカニクス」のデータって、結果でしかないんです。その先を科学的根拠をもとにして考えるからこそ、方向性を間違わない。ここ(科学的根拠)がないのに考えてばかりいたって方向性を間違ってしまうし、無駄な時間になってしまいますよね。でも、根拠があって土台があるからこそ、良い方向に行くことができました。それが、僕自身が強くなる秘訣だったのかなというふうには思いますね。僕自身の性格なのかもしれないですけど、みんななんとなくやっていることを、僕自身は「なぜやらなければいけないのか」というところを知って納得した上でやったことも大きかったのかなと思います。

―「自分の状態を知る」ということが、競技において大事だと。

山本ものすごく大事だと思います。(自分の状態を)知っているからこそ、次のステップに進めると思うので。僕自身は意味のない練習はしたくないんです。それがもし苦しくても速くなるためであればやりますけど、ただの苦しみで、満足感だけでやるのであれば、僕は全くしたくない。あとは効率的にやりたい。(現役で)競技をやれる時間は短いと思うので、その時間の中で、より(高い)パフォーマンスを出すためには、しっかりと自分自身を知って、それに合わせてトレーニングをしていくということが、すごく大切になると思います。

―日々のトレーニングで心がけていることは?

山本常に「トライアンドエラー」をしていることですかね。常にどう走ったら速くなれるのか、ということを考えながらトレーニングしています。

―走り幅跳びの練習での、跳躍はせずに助走だけの練習をするという独特のトレーニング方法はどこから生まれたのでしょうか?

山本もともとは(跳躍の)練習をしていたのですが、そのことで自信を失うという悪い方の循環に入ってしまうと感じたので、普段はスピード練習だけをして、そこでつくったスピードを試合で走り幅跳びにつないでいく、という作業をしています。僕の練習は、科学的に裏打ちされた練習方法にはなっているかと思います。

「一人での海外経験」が「アウェイ感」克服に。
誰にも頼れないからこそ得られる自信が競技にもつながる。

―世界で戦う中で、苦労したことは何でしたか?それをどのようにして乗り越えてきたのでしょうか?

山本ひとつはアウェイ感。海外に出た時に「いくぞ」じゃなくて、「すげぇな」みたいな感じでしたね。その圧倒された気持ちで、すべては負けたな、って思ってしまったので、それを克服するために、僕自身はたくさん海外に行きましたし、一人で行くってことをしましたね。困った時にたくさんの人がいると、なんとなくそれを解決してくれるけど、一人で行ったら、すべて自分で解決しなければいけないことが必要になってくるので。たくさん困りましたけど、なんとかクリアすることで、自信になりました。
あとは海外の選手と仲良くなるってこともすごく大切で、それをすることによって、アウェイ感がなくなるんですよね。より多くの海外の試合に出て、(軽く声を掛け合ったりして)より多くの海外の友達をつくるということをしてきましたね。

共通点を活かせる「陸上」と「スノーボード」
異なる時期に異なる競技にチャレンジすることで、新たなメダル獲得へのチャンスが生まれる。

―2020年に向けては、どんなふうに考えていますか?

山本4年間でここ(東京パラリンピック)に最高のパフォーマンスを持ってこないといけないというのはありますけど、1年に1回は大きな試合があるので、1年1年やっていって、その継続が2020年につながるというかたちでやっていこうと思っています。(あとは)もう一度世界記録を取り戻すということを、2017年のシーズンには目標に掲げています。

―スノーボードで、2018年平昌パラリンピックにも挑戦するそうですね。

山本だいぶ厳しい挑戦にはなりますが、今まで(自分で)スノーボードをやってきたので、その挑戦をしたいと思って。競技自体は違いますけども、体を使うという部分では(陸上と)一緒で、スノーボードはバランスがとても大切で、そのバランスを陸上に活かせるのではないかと思うので、やれるチャンスはあるのかなとは思っています。

目指すは、「2番」ではなく「1番」。
持ち続けるべきは、「自己」を磨く精神と「世界で勝つ」という強い思い。

―一人のアスリートとして、人として、今後はどのように歩んでいきたいと思っていますか?

山本僕自身のモットーが「挑戦」なんですね。常に挑戦をする気持ちで人生を歩んでいきたいと思っています。(来年の平昌パラリンピックに向けて)スノーボードの挑戦もそうですし、やらないで後悔することだけはしたくないので、自分の実力がどのくらいなのかというのを試しながら、挑戦していきたいと思っています。
現役はどこまでやれるかわからないですけども、可能性がある限りは続けて、「ここが限界だな」と思った時には競技を引退しようと思っています。その後は、自分自身がやってきたノウハウを伝えていけたらなと思っています。

―これからアスリートとしてライフスタイルを築こうとしているアスリートにメッセージをお願いします。

山本一人で海外に行くのが一番大切かなと。どうしても人に頼ってしまうというのが人間ですので、人に頼らないで全て自分で解決できるように、チャンスを作って欲しいと思います。あとは「何でこの練習をしているのか」ということを、しっかりと考えて、やっていくこと。もう一つは、「世界で勝つんだ」ということを強く思って欲しい。やっぱり2番じゃいけないと思うんですよね。ぜひ「1番を取る」という気持ちで、競技に臨んでほしいなと思います。

山本篤

山本 篤 選手

高校2年の時に、交通事故の影響により左足を太腿部から切断。高校卒業後に通った日本聴能言語福祉学院で陸上に出会う。
2008年スズキに入社、北京パラリンピックで銀メダル(日本パラ陸上界「義足アスリート」では初のメダリスト)を獲得。その後も、アジアパラ競技大会、世界選手権など多くの国際大会でメダルを獲得。
2016年5月に行なわれたパラ陸上日本選手権の走幅跳で当時の世界記録を更新。リオデジャネイロパラリンピックでは4×100mリレーのアンカーを務め銅メダル、走幅跳では銀メダルと2つのメダルを獲得。

始めよう!アスリートライフスタイル!

「科学的データ」から出た具体的な数値をもとに、客観的な視点から「自分」を知ること。それが、正しく、効率的なトレーニング方法を生み出す「きっかけ」となり、山本選手のアスリートライフスタイルを構築してきました。 「ただ、言われたからやる」のではなく、主体性をもってやれるかどうかが、アスリートライフスタイルを築く上では非常に重要です。 山本選手のお話にあったように、「なぜやらなければいけないのか」を、自分自身が理解し、納得した上で挑戦を繰り返すことが大事。そうすることで、PDCA(計画→実行→確認→改善)サイクルを回した時に良かった点や改善点が明確となり、次なるパフォーマンスの向上に効果的に活かすことができます。アスリートとしてのココロエをしっかり持ち、自立・自律したアスリートを目指し、あなた自身のアスリートライフスタイルを実践していきましょう!

check 今回のインタビューで話していたのはこの部分!

図

大きなサイズでみる